四月革命(しがつかくめい、(サウォルヒョクミョン)、(サイルグヒョクミョン))とは、1960年3月に行なわれた第4代大統領選挙における大規模な不正選挙に反発した学生や市民による民衆デモにより、当時、第四代韓国大統領の座にあった李承晩が下野した事件。最も大規模なデモが発生した日が4月19日であったことから、4.19革命、4.19(サイルグ)とも言う。また、革命後一年足らずで朴正熙少将らによる軍事クーデター(5・16軍事クーデター)が発生して、自由が抑圧された長い軍政時代に突入したため未完の革命(ミワネヒョンミョン、)とも呼ばれている。
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1960年3月に行われた大統領選挙の焦点は当時既にかなりの高齢(当時84歳)であった李承晩の後継問題にあった。1956年の選挙では、野党・民主党の大統領候補・申翼煕が遊説中急逝し、大統領は与党の李承晩候補が棚ボタ勝利となったものの、副大統領選挙については弔い票などを集め約20万票差で野党・民主党の張勉候補が当選し、政権内に与野党が共存するねじれ現象がおきた。そのため李承晩は自由党の政権継続を確固たるものとすべく、大統領権限の強化と張勉副大統領への干渉・進歩党事件など民衆運動の弾圧を行い、独裁色を強めた。