2009年06月18日

ラメルテオンは、武田薬品工業が開発し

ラメルテオンは、武田薬品工業が開発し、米国で発売している睡眠薬。米国での商品名はRozerem。視交叉上核に存在するメラトニン受容体に作用する睡眠薬として初めて発売された。GABA受容体に作用するゾルピデムやベンゾジアゼピン系睡眠薬とは異なり、習慣性や耐性を生じない。

2008年2月29日、武田薬品工業は日本における製造販売承認申請を行った。

ラメルテオンは不眠症治療薬である。従来の睡眠導入剤と異なり、依存、乱用、離脱症状および反跳性不眠が生じない。そのため米国では向精神薬として規制されていない唯一の睡眠導入剤となっている。
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ラメルテオンは高価な医薬品であるが、安価なサプリメントであるメラトニン製剤より、臨床上の効能が優れているのかどうかは確かめられていない。動物実験では、ラメルテオンはメラトニンよりも強い効き目を有していることが確認された。メラトニン製剤は安価だが、充分な医学的検証がなされておらず、効能や安全性が確認されていない。

視交叉上核に存在するメラトニンMT1/MT2受容体に作用する。MT3受容体に比べMT1/MT2受容体への選択性を持つ。

MT3受容体に結合しないことにより臨床上の利点が生じるのかどうかは明らかではない。MT3受容体は主に内臓に存在しており、睡眠や覚醒とは関係していないと考えられている。

米国で発売されているRozeremは、1日1回、睡眠前に8mg錠を経口投与する。

オメプラゾール、テオフィリン、デキストロメトルファン、ミダゾラム、ジゴキシン、ワーファリンとの相互作用が試験され、臨床的に有意な相互作用は存在しないことが確認された。

フルボキサミン(日本での商品名:デプロメールまたはルボックス)とは同時に服用してはならない。深刻な肝障害を引き起こす恐れがある。

2009年05月31日

地侍(じざむらい)は

、室町中期から安土桃山期にかけて見られた侍身分の一種。もともとは、名主などの有力百姓だった者が、守護大名や在地の国人領主などと主従関係を結び、侍身分を獲得した。「土豪」と呼ばれることもあるが、土豪=地侍ではない。土豪とは広義には、広域を支配する領主や在地の大豪族に対して、特定の「土地の小豪族」、その地域の「在地の小豪族」という意味もあり、その場合は、地侍の主筋になる在地領主も含まれるからである。
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地侍たちは、侍身分となることで、中央の守護や、在地の国人のような領国支配者の下で小領主となることを指向していたが、支配者から見れば、地侍は在地百姓の有力者に過ぎず、被支配者と見なされがちであった。土一揆の時代には一揆の中核として活躍し、中には、村落から離脱して、自らの地位を武士に特化する地侍もおり、戦国期に入ると、戦国大名やその幕下の大身の国人領主の家臣として系列化された。地侍層は、戦国大名や国人領主から加地子(地代=中間得分)の徴収権を保証される代わりに、家臣となり、戦時には軍役を果たす義務を負った。江戸期の大名・旗本には、このような地侍を出自とする家も少なくない。

しかし、大多数の地侍は、侍身分でありながら村落に在住し、村落の指導者としてあり続けた。こうした地侍たちは、安土桃山期の兵農分離(刀狩など)によって郷士や再度、百姓身分に戻り、庄屋・名主・肝煎・番頭など村の指導者としての地位に就くことが多かった。

2009年04月28日

四月革命 (韓国)

四月革命(しがつかくめい、(サウォルヒョクミョン)、(サイルグヒョクミョン))とは、1960年3月に行なわれた第4代大統領選挙における大規模な不正選挙に反発した学生や市民による民衆デモにより、当時、第四代韓国大統領の座にあった李承晩が下野した事件。最も大規模なデモが発生した日が4月19日であったことから、4.19革命、4.19(サイルグ)とも言う。また、革命後一年足らずで朴正熙少将らによる軍事クーデター(5・16軍事クーデター)が発生して、自由が抑圧された長い軍政時代に突入したため未完の革命(ミワネヒョンミョン、)とも呼ばれている。

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1960年3月に行われた大統領選挙の焦点は当時既にかなりの高齢(当時84歳)であった李承晩の後継問題にあった。1956年の選挙では、野党・民主党の大統領候補・申翼煕が遊説中急逝し、大統領は与党の李承晩候補が棚ボタ勝利となったものの、副大統領選挙については弔い票などを集め約20万票差で野党・民主党の張勉候補が当選し、政権内に与野党が共存するねじれ現象がおきた。そのため李承晩は自由党の政権継続を確固たるものとすべく、大統領権限の強化と張勉副大統領への干渉・進歩党事件など民衆運動の弾圧を行い、独裁色を強めた。

2009年04月12日

事代主

事代主(ことしろぬし、言代主神)は、日本神話に登場する神。別名 八重言代主神、八重事代主神(ヤエコトシロヌシ)。

神話の記述 [編集]
大国主とカムヤタテヒメとの間に生まれた。

葦原中国平定において、タケミカヅチらが大国主に対し国譲りを迫ると、大国主は美保ヶ崎で漁をしている息子の事代主が答えると言った。そこでタケミカヅチが美保ヶ崎へ行き事代主に国譲りを迫ると、事代主は「承知した」と答え、船を踏み傾け、手を逆さに打って青柴垣に変えて、その中に隠れてしまった。

タケミナカタもタケミカヅチに服従すると、大国主は国譲りを承諾し、事代主が先頭に立てば私の180人の子供たちもは事代主に従って天津神に背かないだろうと言った。

解説 [編集]
名前の「コトシロ」は「言知る」の意で、託宣を司る神である。言とも事とも書くのは、古代において言(言葉)と事(出来事)とを区別していなかったためである。

大国主の子とされているが、元々は出雲ではなく大和の神とされ、国譲り神話の中で出雲の神とされるようになったとされる。元々は葛城の田の神で、一言主の神格の一部を引き継ぎ、託宣の神の格も持つようになった。このため、葛城王朝において事代主は重要な地位を占めており、現在でも宮中の御巫八神の一つになっている。葛城には、事代主を祀る鴨都波神社(奈良県御所市)があり、賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)のような全国の鴨(賀茂・加茂など)と名の付く神社の名前の由来となっている。

美保で青柴垣に引き籠った事代主神は、伊豆の三宅島で三島明神になったとする伝承もある。富士山の神とともに10の島を生み、現在の三嶋大社(静岡県三島市)に鎮座したとする。

信仰 [編集]
託宣神のほか、国譲り神話において釣りをしていたことから釣り好きとされ、海と関係の深いえびすと同一視され、海の神、商業の神としても信仰されている。七福神の中のえびすが大鯛を小脇に抱え釣竿を持っているのは、国譲り神話におけるこのエピソードによるものである。

美保神社(島根県松江市)、長田神社(神戸市長田区)のほか、今宮戎神社(大阪市浪速区)などのえびすを祀る神社でも祀られている。
ただし今宮戎神社については、その名称からして本来は「今西宮」の略であろうと思われ、従って祭神は戎総本宮を名乗る西宮神社と同じく蛭子命であったと考えるのが自然である。

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2009年03月28日

ジーンズ

ジーンズ(英語:jeans)は狭義においてはジーン生地つまりデニム生地のパンツのことである。広義においてはジーンズのように仕立てられたパンツのことを指す。かつては日本ではGパンという呼び名が一般的であった。これはG.I.が履いていたパンツでGパンとなったという説、ジーンズを日本に紹介した人物が、ジーン (jean) のパンツの意味で「Jパン」と名づけようとしたが、元の発音に近い「Gパン」を代用したという説、『ジーン生地のパンツ』を略して『ジーパン』となり、『ジー』に『G』を当てて『Gパン』となった説等がある。

デニム生地製の上着はデニム・ジャケットあるいはジーン・ジャケット(jean jacket)であるが、日本ではジーン・ジャケットと言う呼称は一般的ではない。

1870年ゴールドラッシュに湧くアメリカで、仕立て屋のヤコブ・デービス(en)は、既に設立されていたリーバイ・ストラウス社から仕入れたキャンバス生地を元に銅リベットでポケットの両端を補強したワークパンツを発売、鉱夫達に好評を博した。

類似品が出回ることを危惧したヤコブは、このリベット補強済みパンツの特許を取得しようとしたが必要な資金が無く、権利を折半するという条件でリーバイ・ストラウス社に特許申請を依頼。斯くして特許申請は1873年5月20日に受理され、このリベット補強済みパンツはリーバイ・ストラウス社製の製品として製造販売されることとなった。このリベット補強済みパンツが現在まで通ずるジーンズの原型である。

その後、素材はキャンバス生地からインディゴ染めのデニム生地へとシフト、縫製技術の進化等により1940年代には現在のジーンズとほぼ同様のデザインとなった。

その成り立ちから当初はあくまでも作業用衣料の扱いであったジーンズだが、1953年のマーロン・ブランド主演の映画『乱暴者』や1955年の映画『理由なき反抗』でジェームズ・ディーンが着用していた事から、世界中の若者の間にファッションとして普及していった。

日本では1945年の敗戦後にアメリカ軍が放出した古着の中の大量のジーンズ、そして一気に流入したアメリカの映画や音楽等が普及のきっかけとなった。当時ジーンズを着用した有名人として白洲次郎が挙げられる。国産のジーンズとしては1960年に高畑縫製が国産最古とされるジーンズのEIGHT-G、1963年には大石貿易がキャントン(アメリカのキャントンミルズ社製のデニム生地を使用し高畑縫製が製造)の販売を開始、現在の日本製ジーンズの礎となった。
ユーロ ドラゴン セカンド ナビラッコ バリヤ サーチ天延 セスカーナ ユッカ 京いも パレス レオタガ オマーン フライト リポジ ピンク チャコール サドルシ ライト じゃじゃん シキミ エッジ カチュ クロロ 学園天国 ソワレ ダイレーザ ハンサム シート ニアピン ロハス ラナン ソコン かすかわ 星のフラ シューズ フーズ トレーサー ターピース ルカラー 天羽 シャープ パオトウ くずまき マミー スウェ フォトカ そけい メトニミ フランス スリーエム

デニム [編集]
直接の語源はフランスのニーム製のサージ、セルジュ(サージ)・ドゥ・ニームであるとされる。またこのセルジュ・ドゥ・ニームと呼ばれる生地はイタリアのジェノヴァから各国に輸出されたことから「ジェノヴァ」と呼ばれることもあった。ジェノヴァは中世ラテン語で Genua 、当時のフランス語では Gêne であり、英語の jean の語源となっている。

インディゴ染料 [編集]
インディゴ染めのデニム生地が使用される理由として蛇や虫除けの効用を挙げる説がある。しかし微量ながらピレスロイドが含まれている天然藍には、ある程度の除虫効果があるが、不純物の無い純粋インディゴ(合成インディゴ)にはそのような効果は認められていない。 またインディゴ染料にまつわる俗説として「昔のジーンズには天然インディゴが使用されていた」というものがある。この説は1990年初頭までは雑誌や古着マニア等の間でまことしやかに流布されていた。逆に現在では高価ながらも少量生産のメリットを生かした天然インディゴ染めのジーンズがいくつかのメーカーから製造販売されている。

2008年(平成20年)9月14日に日本テレビで放送された世界の果てまでイッテQ!の企画で、「ジーンズをはいてるとガラガラヘビに噛まれないって本当なの?」というテーマで東貴博と福井未菜がアメリカ合衆国のテキサス州に赴き、東が天然インディゴ染めのジーンズを履いてガラガラヘビ10匹がいるセットを通過して、天然インディゴ染めの効果を検証した。当初、ガラガラヘビは東が通過しても襲ってこなかったため、検証は成功したかのように見えた。しかし、検証後にガラガラヘビが東の足下に飛びついて来た(念のため、足にはプロテクターを装着してあった)。結局、天然インディゴ染めのジーンズを履いてもガラガラヘビを避ける事はできないという結果が出た。

2009年03月13日

マウルブロン修道院

マウルブロン修道院は、ドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州に残る中世の修道院である。ヨーロッパに残る中世のシトー会修道院の中でも、付属する建造物群も含めた総体が、最もよく保存されている。マウルブロンの町外れにあるが、町とは城壁で隔絶されている。

修道院の設立は1147年のことであり、設立に際しては初のシトー会派ローマ教皇であったエウゲニウス3世の後援を受けた。ロマネスク様式からゴシック様式への移行的な様式で建てられた付属教会は、1178年にシュパイアー司教のアルノルトの手で献堂が行われた。診療所、食堂、貯蔵室、総会室、玄関、南の回廊、ホール、鍛冶場、宿泊所、桶工場、製粉所、礼拝堂といった様々な建物は、13世紀中に建てられていった。北、西、東の回廊は、最も要塞化が行われていた14世紀のものである。

宗教改革の開始後、ヴュルテンベルク公は1504年に修道院を占拠して狩猟小屋を立て、そこにとどまった。半世紀の後、修道院は、今日「マウルブロンとブラウボイレンの福音主義神学校」(Evangelical Seminaries of Maulbronn and Blaubeuren)として知られるプロテスタントの神学校に明け渡され、それ以降はその神学校が占拠していた。プロテスタントの牧師たちは、自分たちのニーズに合わせて、食堂を再建するなどした。

この修道院は、ノーベル文学賞受賞作家ヘルマン・ヘッセの自伝的な小説『車輪の下』の舞台としても知られている。『車輪の下』では主人公ハンスがマウルブロン修道院に併設されていた神学校に通うが、ヘッセ自身、マウルブロンの神学校に通っていた時期があった。
むろら バイラ プラズマ スプロー ディスト ラリー シリンダー ペツォ メイドカ 検索いふ スワン マンサク アーモンド オーバー カミソール セルフレ ワイウク 氷の世界 リット ジャムパン マンナ ロファ ターニュ トウチク ゴデチア ぽっぽ 幸せ ハードカレ キューム パイソオ セクレ リファンド お猿岩 鳳仙花 スタート マテハン めんか キャンベラ タメ口 ブリーフス シオン 最新検索 アフレコ モダンジ ストマイ ライン フローベ ウィザード ちとう ディエフ

マウルブロン修道院は、ヘッセの他の作品にも垣間見える。『ナルチスとゴルトムント』(日本では『知と愛』という訳題でも出版された)には「マリアブロン修道院」という変名で出てくるし、『ガラス玉演戯』に出てくる宗教団体もマウルブロンを暗示したものとも指摘されている

2009年02月24日

指輪物語

『指輪物語』(ゆびわものがたり 英語題:The Lord of the Rings)は、イギリスのJ・R・R・トールキン作のハイ・ファンタジー作品。初期作品『ホビットの冒険』の続編として始まるが、より大きな物語になった。1937年から1949年にかけて少しずつ書かれたが、執筆期間の大部分は第二次世界大戦中であった[1]。最初の版は1954年から1955年にかけて3巻本として出版された[2]。以来多くの言語に翻訳され、増刷を重ね、20世紀文学で最もポピュラーな作品の一つになった。

『指輪物語』の舞台となる場所は地球である。しかしその舞台となる時代は、著者が創造した歴史上におけるアトランティス崩壊後にあたる遠い昔である[3]。トールキンはこの背景世界に、古英語のMiddangeard(ミドガルド)を現代語化した英語名Middle-earth(中つ国)を与えた[4]。物語は冥王サウロンの作った力の指輪の存在を軸に、ホビットやエルフ、人間、ドワーフ、魔法使、ゴブリン(トールキンはほとんどの場合オークと呼ぶ)など、多彩な種族を巻き込んで展開する。ホビット庄で静かに始まった物語は、やがて中つ国全域を舞台として、世界の運命を決する指輪戦争の成り行きを辿ることになる。本編の他に、豊富な歴史的および言語学的背景資料を提供する、六つの追補編が添えられている[5]。

『指輪物語』はトールキンの他の作品と同様、その文学的な主題と起源に対し、多くの研究者によって広範囲にわたる分析がなされた。『指輪物語』は大作であるが、実はこの物語は1917年以来トールキンが長年取り組んで来た、巨大な神話群または伝説体系の、最後の一篇でしかない[6]。『指輪物語』への影響をあたえたものとして、言語学、神話および宗教があげられる。そしてそれらと同様、トールキン以前のファンタジー作品と第一次世界大戦でのトールキン自身の経験が作品に大きな影響を与えている。一方で『指輪物語』はかなりの影響を現代のファンタジーに与えたと考えられていて、トールキンの作品の衝撃の大きさから、「トールキニアン」(Tolkienian)と「トールキン風」(Tolkienesque)といった単語の使用が、オックスフォード英語辞典に収録された[7]。

『指輪物語』は絶大かつ永続的な人気を得て、大衆文化に頻繁に参照され、ファンによる多くのファンダムが設立され、トールキンとその作品に関する多くの本が出版された。『指輪物語』は短編、ゲーム、美術作品、および音楽作品にさまざまな着想を付与し続けている。(J・R・R・トールキンに影響を受けた作品を参照。)広範なメディアでトールキンの作品はよく上演され、特に『指輪物語』はラジオ、劇場、および映画で上演された。2001年-2003年の映画『ロード・オブ・ザ・リング』三部作のリリースは、本作の認知度・影響力をさらに高めることとなった。

本書の構成
トールキンは、『ホビットの冒険』を書いた後、別の本を書くつもりはなかったが、出版社に説得され、「新ホビットの冒険」を構成しはじめた。完璧主義者であるトールキンの希望のため、執筆ははかどらなかった。かれは小説作品を準創造、そしてかれ自身を準創造者と考えて、創造をかれの義務であると信じていたため、その創作には妥協がなかったものと推測される。

トールキンは本作を、大きな一巻本で刊行しようと意図していたが、これは第二次世界大戦後の紙不足のために不可能になり、そのかわりに『旅の仲間』(第1部、第2部)、『二つの塔』(第3部、第4部)、『王の帰還』(第5部、第6部、追補編)の3巻に分割され、1954年から1955年の間に出版された。1966年、この他にファンの作った三つの索引が『王の帰還』に追加された。

第5部・第6部に対する『王の帰還』という題について、内容を知らせすぎるとしてトールキンは難色を示していた。トールキン自身はこの部分に対し「指輪戦争」を提案していたが、出版社に退けられた。トールキンがもともと6部構成につけようとしていた題は次のとおりである。

第1部「影の帰還」 The Return of the Shadow
第2部「指輪の仲間」 The Fellowship of the Ring
第3部「アイゼンガルドの反逆」 The Treason of Isengard
第4部「モルドールへの旅」 The Journey to Mordor
第5部「指輪戦争」The War of the Ring
第6部「王の帰還」 The Return of the King
3巻構成版が非常に広く流通しているので、作品はよく『指輪物語』三部作と呼ばれるが、一つの小説として構想され書かれたので、これは厳密には正しくない。

生前に発行されていた6部構成から、最終巻の追補編を分離した英国の七巻箱入りセットにおいて、それぞれの巻の題は上記提案に基づき死後に決定された。

作品全体の名前はLotR(LOTR)あるいは単にLRと、三巻はそれぞれ、FR、FOTRあるいはFotR(The Fellowship of the Ring)、TTあるいはTTT(The Two Towers)、そしてRK、ROTKあるいはRotK(The Return of the King)と略記される。

いくつかの場所や登場人物について、トールキンは自ら幼年期にすごしたセアホール(当時はウォリックシャーの一農村で現在はバーミンガムの一部)、そしてバーミンガム自体から着想を得ている。

出版史
最初、全3巻はアレン・アンド・アンウィン社から1954年から1955年にかけて、数か月おきに刊行された。その後、多数の出版社が1巻、3巻、6巻あるいは7巻の体裁で複数回にわたり再発行した。ISBN 0-007-20363-2(全4巻セット)等が現在入手可能である。

1960年代初期、ペーパーバック出版社エース・ブックスのSFの編集者ドナルド・A・ウォルハイムは、『指輪物語』の米国ハードカバー版は、米国の著作権法では保護されないと考えた。そしてエース・ブックスはトールキンに許可を得ず、印税も払わずに本作を出版し始めた。

トールキンは、かれに手紙を書いた米国のファンへこのことをはっきりと述べたため、ファンによる草の根の圧力は次第に大きくなり、エース・ブックスはそれらの出版を取りやめ、正式な出版の場合よりはかなり低い額ではあるが、トールキンへの名目上の印税支払をすることになった。しかしながら、正式に認可された版がBallantine Booksから出版され、すさまじい商業的成功を得たため、トールキンは十分に報われることとなった。1960年代半ばには、本作はアメリカで最も有名な作品の一つになり、「ガンダルフを大統領に!」といったスローガンが現れるなど、社会現象とまでなった。

本作は多数の言語に翻訳されたが、トールキンは言語学の専門家として、これらの翻訳の多くを検査し、翻訳過程およびかれの作品内容両方を説明するコメントをした。

トールキンによるエピック・ファンタジーの大成功で、ファンタジーへの需要が非常に大きくなり、このジャンルは大きく花開いたと言える。以後、ファンタジーの多くの良書が出版されたが、特筆すべき作品としては、アーシュラ・K・ル=グウィン の『ゲド戦記』やステファン・ドナルドソンの『信ぜざる者コブナント』がある。

1987年、テキストの電子化により、英米のテキストが一致した。

2004年、50周年記念版として、クリスティーナ・スカル、ウェイン・G.ハモンドによる注釈。トールキン作の「マザルブルの書」の挿絵つきで出版された。2005年、クリスティーナ・スカル、ウェイン・G.ハモンドによる索引の再構成、テキストの全面見直し版が出版された。

他の芸術分野すべてと同じように、立派な作品を真似ただけの派生本はたくさん現われた。『指輪物語』の筋をなぞっただけの派生品について、トルキニスク(Tolkienesque)という用語が使われるようになった。魔法のファンタジーの世界を邪悪な冥王の軍隊から救う探究に乗り出す冒険者の一団が…というストーリーがそれにあたる。

日本語版について
1972年から1975年に掛けて瀬田貞二訳の全6巻が評論社から出版され、1977年に同社から内容のほぼ変わらない文庫版全6巻が出版された。1992年、既に亡くなっていた瀬田貞二の訳文をもともと協力していた田中明子が全面的に見直し、両名の共訳という名義になり愛蔵版全3巻、A5版全7巻、文庫版全9巻の三種が発行された。愛蔵版とA5版では、「追補編」Dの後半以降が追加され全訳となった。2003年には、文庫版に第10巻『追補編』が追加発行された。

作中にある英語由来の固有名詞を翻訳する際には、各国の言語に修正するようにというトールキンの意向を反映して、瀬田貞二訳では幾つかの人名や地名が日本語に翻訳されている。

Black Riders → 黒の乗手
Easterlings → 東夷
Glittering Caves → 燦光洞
Gollum → ゴクリ
Middle-earth → 中つ国
Oliphaunt → じゅう
Rangers → 野伏
Rivendell → 裂け谷
Shadowfax → 飛蔭
The Shire → ホビット庄
Sting → つらぬき丸
Strider → 馳夫
また、ゴクリが一つの指輪に呼び掛ける“my precious”を「いとしいしと」、マザルブルの間でフロドが上げる鬨の声“Shire!”を「ホビット庄の一の太刀!」と訳した部分などは、瀬田貞二の独創性を示す好例である。なお、瀬田貞二訳で粥村と訳されていたBreeは、田中明子共訳ではブリー村と修正されている。

書籍について
『指輪物語』はトールキン自身の言語学、おとぎ話、北欧神話、ケルト神話に対する興味から始まった。トールキンは驚くほど自らの世界を詳細に形成し、中つ国とその世界のために、登場人物の系図、言語、ルーン文字、暦、歴史を含む完全な神話体系を創造した。この補足資料のいくらかは『指輪物語』「追補編」で詳述されている。神話の物語は『シルマリルの物語』と題する聖書のような叙事詩的長編へと織りあげられた。

J・R・R・トールキンは以前 『指輪物語』は「基本的には宗教的でカトリック的作品」であると記述した(The Letters of J. R. R. Tolkien, #142)。そこではゴクリへのビルボおよびフロドによって示される慈悲および哀れみという大きな美徳が勝利をおさめる。フロドが一つの指輪の力と戦ったとき、トールキンの心には主の祈りの言葉「我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ」が常にあった(同書#181, #191)。トールキンは、自分の作品はどんな種類の寓意をも含まないと繰り返し主張し、また、その問題についてのかれの考えが序文に述べられているのだが、支配の指輪は原子爆弾の寓話であるという推測をするものは多かった。

『指輪物語』のプロットは、前作の『ホビットの冒険』から、そしてより間接的にではあるが『シルマリルの物語』の歴史から組み立てられている。『シルマリルの物語』は、『指輪物語』の登場人物が過去として想起する出来事を含んでいる。ホビットたちは、かれらの全世界を脅かす大きな出来事に巻き込まれ、悪の召使いサウロンは、かれの権力を奪い返すことができる手段として、失われた一つの指輪を回復しようとする。

粗筋
人間とホビット、エルフ、ドワーフ、トロル、オークなどが住む空想世界である中つ国(Middle-earth)を舞台とし、主人公のホビット族であるフロドを中心にして、その他の 8 人の仲間が大冒険を繰り広げる。作中では冥王サウロンとの戦いや「全てを統べる一つの指輪」をめぐる冒険と友情が描かれる。

映画化
ビートルズ版の計画があったが実現しなかった。スタンリー・キューブリックも映画化する可能性を調査したが、そのためには、あまりに「壮大」であるとその考えを放棄した、といわれている。1970年代の中頃、有名な映画監督のジョン・ブアマンは、権利所有者で製作者のソール・ゼインツと共同で、実写映画についての検討をおこなったが、当時はあまりにも費用がかかりすぎると分かった。

1978年、ランキン=バススタジオとトップクラフトは、『指輪物語』関連で最初の映画化として、テレビ放映用アニメーション版『ホビットの冒険』を製作した。これは『指輪物語』の前篇にあたる。
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その直後に、ソウル・ゼインツは、ランキン=バスの後を継いで、『旅の仲間』および『二つの塔』の前半部分をアニメーション映画として製作した。1978年、ユナイテッド・アーティスツがリリースした『指輪物語』の監督はラルフ・バクシで、俳優の姿を撮影して、その上から作画するという独特なアニメーション技術を特色としていた。(恐らく予算の圧迫あるいは超過、あるいは大作と取り組む困難のために)この映画の品質は不均一であった。マックス・フライシャーのロトスコープ技術を使い、実際のアクション・シーケンスの上からアニメーションの絵を書いて、ある部分は完全にうまくアニメーション化されていた。さらに、映画はヘルム峡谷の戦いの後で不意に終るが、しかしサム、フロドおよびゴクリは死者の沼地を横断する前なのである。かれの最善の努力にもかかわらず、バクシは(物語の残りを収めた)後編を製作することができず、ランキン=バスとトップクラフトが、かれのために1980年にテレビ放映用アニメーション版『王の帰還』を製作する余地を残すことになった。

これらの映画が若い観衆に目標とされる一方、成人の熱狂家は物語の深さおよび暗さの多くが廃棄されたと苦情を言った。

これらの努力は、『指輪物語』をちゃんと映画にするのは不可能だと示唆するように見えた。さらに、小説への全面的な関心が減少したので、視覚化の前途は困難に見えた。しかしながら、映画製作技術の進歩、中でもコンピュータグラフィックスの進歩により、映画化が実現可能になった。

ミラマックス映画は、ピーター・ジャクソンを監督として、『指輪物語』の完全実写映画化を開始した。資金調達が失敗に終わりそうになったとき、ニュー・ライン・シネマが製作を引き継いだ(ミラマックスの幹部ハーヴェイ・ワインスタインおよびボブ・ワインスタインは、最後まで映画の製作に残った)。

三つの実写映画は同時に撮影された (例えば、大きな戦闘シーン等に広範囲にコンピュータで生成した画像を追加した)。『ロード・オブ・ザ・リング』(旅の仲間)は2001年12月に、『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』は2002年12月に、そして『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』は2003年12月にリリースされた。三つの映画はそれぞれの年にすべて長編ドラマ・プレゼンテーション部門のヒューゴー賞を受賞した。

これらの映画が物語を多少変更しており、恐らく、トールキンのもともとの考えとは本質的に異なるところがあると批評した者もあったが、多くは素晴らしい作品として賞賛した。有名な批評家ロジャー・エバートは「ジャクソンは、文学の魅惑的でユニークな部分をとって、現代のアクション映画の用語にそれを再話した。...かれがこの映画で行ったことは恐ろしく困難であり、かれは賞賛に値するが、トールキンに忠実にある方がもっと困難で、勇敢だっただろう。」

これらの映画はアカデミー賞で17のオスカー(『ロード・オブ・ザ・リング』で4、『二つの塔』で2、『王の帰還』で11)を獲得し、「ファンタジー映画はアカデミー作品賞を受賞出来ない」というジンクスも打ち破った。しかし『ロード・オブ・ザ・リング』で助演男優賞にイアン・マッケランがノミネートされたものの俳優部門での受賞はなかった(その理由はあまりにも登場人物が多すぎるからだと言われている)。前二作に比して『王の帰還』でのノミネート数が突出し、ノミネートされた全ての部門でオスカーを総嘗めにしたのは、三部作全体に対する評価が作品が完結した時点で為された結果と広く見なされている。

視覚効果、とくに感動的なディジタル登場人物であるゴクリの創造は画期的である。一年半かけて三つの映画を同時に撮ってしまうという、撮影の規模だけでも先例がない。

映画は、本質的な興行的成功を証明した。ニュージーランドのウェリントンで、2003年12月1日に行われた『王の帰還』のプレミアはファンの祝賀と公式のプロモーションのうちに行われた(映画の製作はニュージーランドの経済に著しく寄与した)。映画史上最大の水曜日の初日となったといわれる。『王の帰還』はさらに、1997年の『タイタニック』の後に、初めて10億$(全世界)の興行収入を得た映画となった。2004年のアカデミー賞で、『王の帰還』は6年前の『タイタニック』と同じく、11の部門でオスカーを獲得した。11部門の受賞は「ベン・ハー」「タイタニック」と並んで史上1位。全ノミネートで受賞した記録では単独1位である。

ラジオドラマ化
BBCは、13回の『指輪物語』ラジオドラマ化を1956年に、6回の『ホビットの冒険』を1966年に制作した。トールキンがどちらかのシリーズを聞いたことがあるかどうかはわからない。1956年のシリーズの録音の存在は知られていないが、しかし『ホビットの冒険』は残っている。非常に原作に忠実なドラマ化であり、いくつかの過去の参照として『指輪物語』や『シルマリルの物語』が組み込まれている。

1979年ドラマ化がアメリカで放送され、続いてテープとCDも発売された。キャストまたはクレジットは包装に記されていない。俳優ごとに別々に録音され、様々な部分を編集でつなぎ合わせたようだ。したがって、俳優が一緒に録音した、BBC版と異なり、キャストのだれも現実に互いに対話していないので、非常に出来が悪い。

1981年、BBCは構想も新たに『指輪物語』を半時間ずつ26回に分けてドラマ化を放送した。

大衆文化への影響
文学
その後のファンタジー文学に与えた影響は絶大で、多くの作品でトールキン様式を踏襲した世界観が用いられた。このようなファンタジー文学をハイ・ファンタジーと呼ぶことすらある。より直接的な『指輪物語』関連の様々な参照としては例えば、

スティーヴン・キングとピーター・ストラウブの共著による小説『タリスマン』にはエントが出てくる。
作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズ著『魔法使いハウルと火の悪魔』の中で裂け谷"Rivendell"と書かれた表札の下げられた扉が出てくる。
『クリプトノミコン』シリーズの現代のヒーローはかれ自身をドワーフと、かれの祖父の暗号解読者をエルフと、元合衆国海軍SEAL隊員を人間の種族の一人と、またかれの宿敵(精神病の弁護士)をゴクリと呼んでいる。
ドイツのファンタジー作家ラルフ・イーザウの『暁の円卓』でトールキンが登場し、主人公デービッドと指輪談義をし、『指輪物語』の執筆を計画していることを明かす。

映像と音楽
テレビ番組『バビロン5』には時々『指輪物語』へのオマージュや似たような神話的叙事詩のテーマがあらわれる。
ブルーグラス・グループ、ニッケル・クリークに「トム・ボンバディルの家 - The House of Tom Bombadil」と呼ばれる歌がある。
フィンランドのバンド、ナイトウィッシュには「エルヴェンパス - Elvenpath」(『エンジェルズ・フォール・ファースト』収録)という『指輪物語』に関連する歌がある[10]。
プログレッシブ・ロック・バンドのグラス・ハマーには、「ニムロデル - Nimrodel」や『ドゥーナダンの旅 - Journey of the Dúnadan』他、多数のトールキンの影響を受けた作品がある。
エンヤは1991年に「ロスローリエン - Lothlórien」をレコーディングし、ピーター・ジャクソンの映画「ロード・オブ・ザ・リング」のサウンドトラックのために"May It Be"と"Aníron"を作った。
デンマークの音楽グループ、トールキン・アンサンブルが『指輪物語』に含まれる詩や歌を演奏したCDがClassicoレーベルより1997年以降5枚リリースされている。3枚目の作品『At dawn in rivendell」(デッカ)には、ピーター・ジャクソンの映画で魔法使いサルマンを演じた俳優クリストファー・リーが参加している。
ジャーマンメタルバンドブラインド・ガーディアン のアルバム『テイルズ・フロム・ザ・トワイライト・ワールド - Tales from the Twilight World』には『指輪物語 - Lord of the Ring』という歌がある。さらに、かれらは『シルマリルの物語』を原作とするアルバム『ナイトフォール・イン・ミドル・アース - Nightfall in Middle-Earth』をリリースし[11]、それには、『シルマリルの物語』の一部に基づいた「カース・オブ・フェアノール - The Curse of Fëanor」のような歌を含んでいる。かれらの他の作品のうちのいくつかは、トールキンの創造への言及がある[12]。
オーストリアのニュー・エイジ・ミュージシャン、ガンダルフの名前はホビットたちの友人である魔法使いにちなんで選ばれた。『指輪物語』のテーマや登場人物に関連したつくつかの音楽を作曲し、それらのうちのいくつかはかれの2番めのアルバム「想像 - Visions」に入っている。
レナード・ニモイの音楽「The Ballad of Bilbo Baggins」は、このシリーズ(特に『ホビットの冒険』)を原作とする。
レッド・ツェッペリンの音楽「ミスティ・マウンテン・ホップ - Misty Mountain Hop」(『レッド・ツェッペリン IV』収録)はトールキンの霧ふり山脈 (Misty Mountains) にちなんで命名されている。「限りなき戦い」(同作収録)は『王の帰還』のペレンノール野の合戦 の寓話である。「ランブル・オン Ramble On」(『レッド・ツェッペリン II』収録)にはゴクリとモルドールが登場する。
ラッシュ のアルバム『夜間飛行 - Fly By Night』には、「リベンデル - Rivendell」という歌がある。
スティクスのアルバム『ピーシズ・オブ・エイト?古代への追想 - Pieces of Eight』には『指輪物語 - Lords of the Ring』という歌がある。
スウェーデンのミュージシャン、ボ・ハンソンは『指輪物語』を原作とするアルバム「Lord of the Rings」(1972)を作った。
Alan Horvathも『指輪物語』を原作とするアルバム(2004)を作った。
ブロブディンナジエン・バーズはそのトラックの一つを「Tolkien」とリミックスを「The Lord of the Rings」と名付けた。
T・レックスの前身ティラノザウルス・レックスでマーク・ボランのパートナーだったスティーブ・ペレグリン・トゥックの名前は『指輪物語』の登場人物ピピンからとられている。彼らのデビュー・アルバム『ティラノザウルス・レックス登場!!』には「ちっちゃなトランペット・ブルース - Dwarfish Trumpet Blues」という曲があり、『指輪物語』をはじめとするファンタジー文学の影響が強い。

ロールプレイングゲーム
『指輪物語』は世界最初のロールプレイングゲームである『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に大きな影響を与え、その後のエピック・ファンタジー風のロールプレイングゲームやコンピュータRPGなどに直接・間接の影響を与えている。『指輪物語』を原作とするテーブルトークRPGとして『指輪物語ロールプレイング』(Middle-earth Role Playing、略称MERP)も存在する。また、ロールプレイングゲームを元ネタとする『ロードス島戦記』『スレイヤーズ』などのファンタジー作品の多くは、『指輪物語』風の世界観を踏襲しており、特にエルフの扱いに関しては、同作品の捉え方に大きく依っている。

ローグライクゲームのような、アマチュア制作が主流である作品群への影響も強く、Angbandは世界観をそのまま採用している。ハッカー文化のようなテクノ・サブカルチャーでも好んで引用される「お気に入り」の作品の一つとなっており、スラッシュドットのような技術系ニュースサイトでも、頻繁に指輪物語ネタが振られる様子すら見られる。映画化の折には、作品内容に踏み込んで、熱心なファン活動も見られた。

米国ボストン(マサチューセッツ州)に拠点をおくTurbine社が新たにMMORPGとして『The Lord of The Rings Online -Shadows of Angmar』(略称:LOTRO)を開発、2007年Q1に正式リリース。こちらは映画ではなく小説に基づくストーリーラインで、原作に登場するキャラクターがNPCとして登場する。2006年8月、さくらインターネット社が日本での販売権利を獲得し、2007年6月よりサービスを開始している。

ボードゲーム
『指輪物語』は、幾度もボードゲーム化されている。

『War of the ring』 SPI社。旅の仲間の冒険を描くキャラクターゲームに、軍事的な衝突を描いたキャンペーンゲームをアドオンする形になっている。ほかにミニサイズのウォーゲームである「サウロン」と「ゴンドール」も出版された。
『The Fellowship of the ring』 I.C.E.社。ダイスを使ったブラインド方式の冒険主体のゲーム。
『指輪の謎』 ホビージャパン。 I.C.E.社の『The Riddle of the ring』の翻訳。 黒の乗り手と指輪を奪い合うゲーム。
またジャクスン監督の映画三部作の公開と前後して、新作がいくつも作られた。

ライナー・クニツィア(Reiner Knizia)のデザインする作品やRiskの変種のいくつかのゲームは『指輪物語』や関連作品に直接上に基づいている。

『ロード・オブ・ザ・リング ?指輪物語?』カプコン。Hasbro社の『The Lord of the rings』の翻訳。ドイツ人ライナー・クニツィアがデザインした多人数協力ゲーム。ホビットの一人としてプレイヤーはパーティーを組み、ゲームシステムと戦いながら指輪を破壊する旅の完遂を目指す。この作品には拡張キットも出版されている。
『Lord of the Rings:Friends & Foe Expantion』FANTASY FLIGHT GAMES※「指輪物語ボードゲーム(Lord of the Rings)」カプコンの拡張キット。
『Lord of the Rings:SAURON Expantion』FANTASY FLIGHT GAMES※指輪物語ボードゲーム(Lord of the Rings)」カプコンの拡張キット。サウロンのプレイヤーが追加。
『Lord of the Rings:Battlefields Expantion』FANTASY FLIGHT GAMES※※指輪物語ボードゲーム(Lord of the Rings)」カプコンの拡張キット。6つの大きな戦いを、それぞれ新しいゲームボードプレイします。
『War of the ring』 FFG社。FFGから発売された新しい『War of the ring』は、一つのボード上で旅の仲間の冒険と、軍事的な衝突を、並行して、また関連させて進めるゲームになっている。拡張キットが出版されている。
『Lord of the Rings -War of the Ring-』R. Di Meglio, M. Maggi & F. Nepitello, FANTASY FLIGHT GAMES,指輪物語の世界を舞台にエルフ、ゴンドール、ドワーフ、サウロン等の勢力が指輪をめぐっての攻防戦。
『War of the Ring Battles of the Third Age』FANTASY FLIGHT GAMES※『Lord of the Rings -War of the Ring-』の追加セットです。ヘルム峡谷とミナス・ティリスの戦いを再現。
『Der Herr der Ringe Die Entscheidung』 KOSMOS社。ミニサイズの軍人将棋のようなゲーム。相手の所在や意図が分からないという構図を作り出ている。ライナー・クニツィアのデザイン。
『Der Herr Der Ringe Das Duell』 KOSMOS社。モリアの坑道でのガンダルフとバルログの決闘を描くカード主体のゲーム。ピーター・ノイバウアーのデザイン。
『Der Herr Der Ringe Die Gefährten - das Kartenspiel』KOSMOS社。第一部『旅の仲間』のカードゲーム。ライナー・クニツィアのデザイン。
『Der Herr der Ringe: Die Zwei Türme (Kartenspiel)』KOSMOS社。第二部『2つの塔』のカードゲーム。ライナー・クニツィアのデザイン。
『Der Herr der Ringe - Das Kinderspiel』KOSMOS社。子供用ゲーム。ライナー・クニツィアのデザイン。
『Lord of the Ring -The Confrontation-』Reiner Knizia,FANTASY FLIGHT GAMES
『Lord of the Ring -The Confrontation- Deluxe(指輪物語?対決?デラックス)』 Reiner Knizia,FANTASY FLIGHT GAMES※同社から発売されていた「Lord of the Ring -The Confrontation-」のデラックス版です。

2009年02月08日

晩婚化(ばんこんか)

晩婚化(ばんこんか)とは、世間一般の平均初婚年齢が以前と比べて高くなる傾向を指す言葉である。

高年齢で結婚をすること、俗に「婚期を過ぎてから結婚する」ことを指して晩婚と言うが、その「婚期」についての社会通念も変化してきた。また、これによって少子化という問題も起きている。
晩婚化は先進国だけでなく途上国でも確認されており、世界的な現象となっている。国連が世界192カ国を対象に、1970年代と1990年代で結婚等がどのように変化したかを調査した報告書によれば
ナビリベリア コレポン テニス ヱスビー アント キック ブルマン 女性の生活 チップ スターフ ゼネス くちばい ノパン たらふく ミック チャー プレミ クォーザ ラップ バッイグ パート フォー エストール カーシェア Sぼうおく チアダンス フォース ゼキショウ ブレイブ ヒップボーン ドーム ブリース サボテン リンリレー ロースター バイメタ モルモッ ダバオ ジュネーブ シオニズム グッド ニュー ガイド レター ガーリ 青梗菜 ファック オールス ジャスパー じゃじゃ

「1970年代と90年代を比べると、世界の平均初婚年齢は2年近く遅くなり」
「晩婚化は7割以上の国でみられ、平均初婚年齢は男性が25.4歳から27.2歳に、女性は21.5歳から23.2歳に上昇した。上昇幅は先進国の方が大きいが、途上国でもアルジェリア、スーダン、マレーシアのように3歳以上上昇した国があった」
となっている。

第二次世界大戦以前の社会においては、10代で結婚して所帯を形成することはごく自然な行為であり、全体にも平均初婚年齢は20歳前後に留まる時代が長かった。 これは進学率が低かったこと、及び低年齢から社会に出て手に職を付けることが当たり前でありかつ効率的であったことが理由の一つとして挙げられる。特に女子は長い間、進学せずに家事に就くことが当然と見なす社会的圧力に晒されていたため、進学や就職をせず親の縁談で伴侶を見つけて嫁ぐことも多かったので、女子の平均初婚年齢は10代後半で長く推移した。

大戦後、特に先進国において義務教育以上の就学過程(特に大学)への進学率が高くなると、平均初婚年齢は次第に20代へとシフトし始めた。この傾向は、高学歴を必要とする専門知識が求められる職種の増加、学歴重視の雇用者意識、女性の社会参加、看護・福祉のような女性が中心的な労働力を占める職種の社会的地位の向上、女性の経済的な自立と就業意欲の高まりなどを背景として、年々加速した(ただし女性の経済的な自立については異論も多い。次項参照)。他に、女性はほとんどの文化では男性と比べ不利益を被っているが、その不利益は結婚するとますます大きくなると言われている[2]ことも、晩婚化の要因の一つとなっている。

アメリカ合衆国の状況
女性が強いと信じられているアメリカ合衆国においても、既婚男性の満足度は独身男性より高い一方で、女性の場合はその逆となり、さらに独身女性の方が既婚女性よりも長生きをするという調査結果がある[3]。 『女は結婚すべきではない』の著者のシンシア・S・スミスは、「現代の男性が結婚すると、家を手に入れ、家の世話をしてくれる家政婦と料理人、陽気な家族を得て、それにもう一人分の収入がプラスされる。だが女性が結婚すると増えるのは下宿人」であると、同性愛者の立場からアメリカの結婚事情が女性に厳しいことを指摘している[4]。

日本国内での意識
結婚時期
日本では現在、結婚しても良い年齢は男子18歳・女子16歳と定められている。しかし、日本国内では高校へ進学する人の割合が1学年あたり90%台に達してから既に長く、結婚して所帯を作ろうと考える年齢は男女ともに18歳を下回ることはほとんど無い。

また近年の物価高・賃金の下落を反映し、所帯を持つための財産形成のために、就労してからもしくは結婚相手を見つけてから実際に結婚するまでの敷居を高く取ろうと考える意識も一部には見られる。

個人主義の浸透
一方、個人主義の観点から、当人にとっても周囲についても、独身でいつづけることに対する社会的な抵抗(俗には「世間体」と呼ばれる)が昔に比べて格段に低くなっている。このため、就労して獲得した時間的・金銭的な余裕をもっと自分個人のために使い充足感を得ようと、より長く独身時代に留まろうとする者も多く、以前はそれらの人々を指して「独身貴族」と揶揄することがあった。現在では死語となりつつある。一方で、高学歴化に伴う就労年齢の高年齢化・職場での競争の激化により、晩婚化の傾向には拍車がかかっている。昨今では、男女とも30代になっても独身を続けようと考えることに対する抵抗感は、彼らが前線に出て働いているオフィス街(特に大都市圏)などでは特に、ほとんど見られなくなっている。

需給のミスマッチ
また、男女とも、お互いを結婚相手としてみなせない、という意識もある。現在の日本では女性が経済力を付ける一方、子育てのサポートが十分ではないために、女性の多くには子どもを産むと仕事を辞めざるを得ず、男性の収入を当てにする上方婚志向(収入・年齢・階層の高い者との結婚を希望する)が根強い。男性からすれば「給料は頭打ちなのに、女性は金がかかる。子ができればなおさら。」女性からは「今の日本の社会で女性が自立して生きるのは不安。(子どもを産むために)早く結婚したいが、(女性の都合を満たす)いい男性がいない。」という、意識のミスマッチも、原因だと考えられている。しかし女性が男性に収入などにかなりの高条件を求め高望みをし、自分が高望みをしていることには気がつかずに「条件を満たす良い男性が居ない」などと言って結婚できない状況を男性のせいにする場合も見受けられる[5]。

未婚男性側の結婚相手に求める基準も高くなっている側面もある。男性は自身の年齢が高くても女性に若さや容姿を求める傾向が強い。 しかし、若い女性の人口自体が減っている中で「若さ」や「高い容姿基準」を求めれば男性の未婚者は増大する。

また、社会人となった男女がグローバルな競争に晒され、不安定な身分や収入のもとにあるため、相手には以前にも増して「男らしさ(経済力や包容力)」「女らしさ(やさしさや癒し)」といった言葉に象徴される「安心」「安定」を求めるという矛盾が需給のミスマッチをさらに促進しているといえる。

女性の家事・育児負担
日本では労働時間が長く、男女の役割分担意識が強いため、出産・育児に対する女性の負担が非常に大きいとされる。共働き世帯の夫が費やす家事労働時間は一日平均20分で、専業主婦の夫の27分よりも少ない。この結果は「女性が働くことには反対しないが、家事と育児は妻の責任」という男性の価値観と、フルタイムで働くとすれば育児に参加することが困難になるという、日本企業の現状が表れており、働く既婚女性の出生率は低く、女性がキャリアと出産・育児のすべてを望むとすれば自殺行為に等しい現実がある。

平均初婚年齢
21世紀初頭においては、日本国民の女性の平均初婚年齢は20歳代後半に達しており、男性についてはさらに1歳以上高い。第一子出生時の母親の平均年齢については、平均初婚年齢の約1年後という計算になる統計が出ている。

ただし日本人においては、生涯に渡って独身を続けることを希望する割合は、欧米に比べて低いことにも留意する必要がある。よって日本の場合、若者が早い時期に結婚できる社会的環境を整えることで、晩婚化は防ぐことが可能と考えられている。ただし日本では、男性が独身を希望している場合には「実は結婚を希望しているが出来ない」とカテゴライズされることが多い(こうした見方は男性差別であるとの指摘もある)ため、独身を希望する者の割合が欧米より低く算出されやすいことにも留意すべきである(もっとも、女性が結婚を希望しながら独身でいる場合には「結婚を希望しない自立した女性」とカテゴライズされやすいため、性別を区別しなければ両者の割合は相殺しあっているとの見方もある)。また、2005年の調査で2000年に「結婚しない」と回答した30歳世代が、5年後にそれほど減っていなかったという結果があり、未婚化・非婚化は確実に進行していることが伺える。

晩婚化の影響
高い年齢での結婚は、金銭的余裕などのメリットがある一方で、妊娠しにくく・させにくくなるリスク(例えば、中高年男性の精子は、若い男性の精子に比較してDNAの損傷が激しく、子供を持つ可能性が低下することが近年明らかになっており、被験者2,100人を対象とした研究では、45歳を超える男性の精子DNAの損傷は、それ以下の年齢グループに比較して有意に高く、30歳未満の男性との比較では2倍であったと報告されている[7])、育児に関して子どもの年齢に比べ親である夫婦の退職年齢が早く来てしまうことなどの構造的な困難などのデメリットが考えられる。

また、長く独身でいる人に多く見られるように、結婚してからも自分個人または伴侶との共同生活を重視して子供を作らない夫婦も多く存在し、1980年代頃から社会的な潮流として注目を集め DINKS (Double Income No Kids) という呼び方が使われた時期があった。

対策
結婚しない人、できない人が増加しているなか、さまざまな対策を考える政府や自治体もある。

日本の場合、一部の自治体(奈良県など)では、自治体自身が音頭を取って(正確には結婚相談所を生業とする企業に委託してだが)男女の出会いの場を設けるといったことを行っている。また、地方の商工会議所でも、会員に呼びかけて出会いのイベントを行っているところがある。このようなイベントは参加できる人がある程度限られるものの、営利を目的とせず、参加しやすいように工夫されている。

海外でも同様の対策が取られているところもある。


2009年01月23日

バイタルスーツ(VS)

VSは対AK用に開発されたロボット兵器。その多くは2脚歩行型であり、用途にあわせて武器の着脱が可能な兵器アタッチメントが装備されている。T-ENGを動力に用いており、有人機ではパイロットが標準的な個人装備として着込んでいる(暖房用)スーツのタンクから供給される。なお、これが切れると強制的にコックピットからパイロットが排出される。民生用から兵器としてのものまで様々なものがEDN-3rdに持ち込まれたが、あるものは極寒の環境でパイロットを失い遺棄されたり、あるいはAKに破壊され氷漬けのまま朽ちることも無く雪原に残骸をさらしている。現存するVSの一部は雪賊によって回収・修復され、雪賊同士の小競り合いや対AK戦闘で利用されているほか、フロンティア計画推進のためにNEVACが搬入したものも相当数が稼動している。

GTT-01 / Nida(ニータ)
全高:4.4m、全幅:3.2m
最初期に開発されたVS。入植作業を主用途とするが、両肩のアタッチメントに武器を装備することで兵器運用も可能である。ただし、コックピットはほぼむき出しの状態となっている為、対人狙撃が直撃するなどパイロットの安全には不安が残る。機動力が低いほか装甲も弱く、作中では既に旧式となっており、活躍の場は少ないが、それでも武装を備えれば小型-中型AKや対人戦闘では圧倒的な攻撃力を発揮し、物語序盤では重要な戦力となる。入植初期に使われたこともあって、開拓が始まって後のAKによる攻撃で遺棄された市街地などにはこの残骸が方々に落ちている。
GTF-11 / Drio(ドライオ)
全高:4.4m、全幅:3.2m
GTT-01の後継機。宇宙戦闘機向けに開発された姿勢制御技術を取り入れる事で、ローラーダッシュやホバリングといった機能を実現している。入植事業全般において広く運用されているタイプで、方々に遺棄されている。パイロットを保護するための正面装甲を持つが、後発機体に比べると打撃耐久力の不足がみられ、武器によってはこの装甲が脱落することもある。
GTF-11CC / DrioCC(ドライオCC)
雪賊の一派『紅賊』に鹵獲されたGTF-11。正規のメンテナンスを受けないまま運用されているために安定性に欠け、アサルトライフルによる連続攻撃でダメージは無くても動作不良を起こすこともある。
GTF-11i / Firecracker(ファイアクラッカー)
バジルの搭乗するVS。コードネームはNEVECの斥候によりつけられた。GTF-11を遥かに上回る機動性と重武装から内部機構は全くの別物ではないかと推測されている。脚部の3連ミサイルランチャーと左肩部のニードルレーザーが武器で、ミサイルランチャーの一斉射で相手の動きを封じてレーザーで薙ぎ払う戦法を得意とする。
GAN-34 / Granseed(グランシード)
NEVECが開発したGTF-11の発展型VS。基本設計はそのまま引継ぎ、装甲や動力機構などが強化されている。また自己学習型コンピューターを搭載することによって操縦者の練度による差異を吸収している。基本機構はGTF-11を踏襲したものとなっているが、水平飛行能力は更に向上している。ただ前面装甲が攻撃の種類によっては脱落する欠陥も残り、プラズマガンでの狙撃では数発でパイロットが丸見えになってしまう非密閉構造のコックピットである。
GTF-13M / Evax(イーヴァ)
全高:3.0m、全幅:1.8m
スノーバイク形態への変形機構を有するVS。高速移動、長距離運用を可能としており、主に偵察や高速離脱が必要なミッションに用いられる。小型で火器を1門しか搭載できない為、戦闘能力は見劣りする。また滑走時の移動速度に特化した結果、歩行時の移動速度は低く、ジャンプ力も弱い。コックピットはオートバイのようにまたがって乗るタイプであり、操縦者はむき出しである。
GTF-13F / Vensa(ヴェンサ)
GTF-13Mの派生型。変形機構が廃止されている。
GTB-22 / Faze(フェイズ)
全高:4.6m、全幅:2.7m
軍事利用を目的に開発されたVSで密閉式コックピットを備える。ホバリング機能を持たない代わりに歩行速度や跳躍能力が大幅に強化されている。ゲーム中では二段ジャンプと、ブーストを併用したロングジャンプが可能となっている。固定武装として煙幕弾を装備。
GTB-22CC / FazeCC(フェイズCC)
雪賊の一派『紅賊』に鹵獲されたGTB-22。オリジナルの跳躍機構がさらに強化されており、高所からの強襲攻撃を得意とする。GTF-11CCを従えて、ミッション2のボスキャラとして登場する。
GAN-37 / X-Seed(エクスシード)
NEVECによるGTB-22の発展型VS。装甲と出力が強化され、デザインも鋭角的になっている。
GAB-25M / Cakti(カクタス)
全高:4.3m、全幅:6.3m
対AK、対VS用に開発された次世代VS。高性能オートバランサー搭載の4脚歩行型で戦車形態への変形が可能。戦車形態時は固定武装であるドリルを使って岩盤を砕いたり、敵へ突進攻撃したりする事ができる。武装変更や弾薬補給はできないが、戦車形態ではドリルを格闘戦に転用できるほか、歩行形態ではT-ENGをエネルギーとする連射プラズマ砲で対空戦闘にも対応する。
GAB-25DM / D-Cakti(D-カクタス)
機構の大型化に伴うテストデータ収集のためにGAB-25Mを巨大化させたVS。数機のGAB-25Mによる編成部隊の隊長機として、配下の機体を強制コントロールする事が可能。5名の搭乗者を要し、それぞれ操縦や武器管制などの役割分担がされている。
PTX-40A / Ivan(イワン)
全高:4.9m、全幅:4.0m
ゲイルが中心となって開発した試作型のVS。パイロットの思考をトレースしてダイレクトに動力へリンクさせるという独自の動力機構の採用により従来型のVSとは別格の運動性能を誇る。VS用火器のアタッチメントに加えて、人間の腕を模したマニピュレータを装備している。更に左腕部には対AK・対VS用近接武器「VSキャリバー」が搭載されている。コックピットは密閉球殻構造で、高い防御能力も備える。
AC/Wii『タツノコ VS. CAPCOM CROSS GENERATION OF HEROES』にカプコン代表として参加する。その巨体ゆえゴールドライタン同様タッグを組むことが出来ない。パイロットは特に設定されていないが、開発者を「親父」と呼んでいることから、ウェインと思われる。
PTX-140 / Hardballer(ハードボーラー)
PTX-40Aの量産モデル。試作機の機構部分を単純化して再設計しているが、それでも歩行能力やジャンプ力、飛行能力などの面で他VSより頭ひとつ抜きん出た機動力を持ち、また腕部のVSキャリバーも他VSにはない固定標準武装となっている。なおオープンハッチ状態ではパイロットが近づくと、周囲を明るくする照明が点灯する。NEVEC施設内でも相当数が配備され方々で乗り込むことができるものの、NEVEC兵士が乗り込んで運用していることはない。
PTX-40A-2 / Ivan-2(イワン重装改)
鹵獲したPTX-40Aをバンデーロ用に重武装化させたVS。但し、バンデーロの指向からか大型ロケットランチャーや機関砲など過剰な武装が盛り付けられ機動力を損なっており、PTX-40Aが持つポテンシャルを完全に発揮していない。撃破すると、この過剰装備部分が破損・脱落する。
L-P-9999 / Yuri(ユーリ)
キャン ふかがわ プルート てっさく はだいろ バーモ ナローボ シーケン ぱぱいあ リナリア デッド トッカータ あまぎ セレクション チャート マグマ クサノオ レンチ ブッキ カネノナル フェース プロップ くけい テク ぶうぶう ゴロ シーソー おはじき ナップ タイダイ ワンセ タイピン マスコット ロード ワイマ ニチニ コカトリ ダナキ フリーラ ホンコン ミング ノーマ タミフ リトル バッテ スクエア カアト イソ次世 ミー スター

ウェインのハーモナイザーにユーリ作成のカートリッジを装着したことでシステムロックが解除され、一部外装をパージし収納された飛行機構が展開するなど、真の姿へ変形したPTX-40A。完全な空中飛行能力を持ち、上空からの一撃離脱を想定した高速戦闘型。固定武装としてレーザーバルカンと、両腕に巨大なエネルギーソード「EMFキャリバー」が装備されている。攻撃力・防御力ともに桁の違う性能を示し、他の一般VSを一刀の元に葬る。
こちらも『タツノコ VS. CAPCOM CROSS GENERATION OF HEROES』にてPTX-40AのLv3ハイパーコンボ「L-P」でその姿を見せている。
DBS-000XM / Billionsword(ビリオンソード)
全高:25.2m、全幅:15.4m
デニス・アイゼンバーグが駆る、L-P-9999のデータを元に開発された決戦用大型VS。D-Caktiのような変形機構を持ち、数々の強力な武器を装備している。また軌道エレベータの一部をリモート操作で外部武装として利用できる。

2009年01月16日

片神名〜喪われた因果律〜

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『片神名〜喪われた因果律〜』(かたかむな〜うしなわれたいんがりつ〜)は、2004年11月25日にアルケミストから発売された、プレイステーション2用ゲームソフトである。

アルケミストとして初のオリジナル作品となるこのゲームは、NTTデータの子会社・NTTデータコンテンツプランニング (NDCP) が企画し、経済産業省の委託により財団法人デジタルコンテンツ協会が2002年に公募した「次世代デジタルコンテンツ制作支援事業」の助成を受けた。

弥生時代の倭国が舞台となっている。クニとクニ同士の戦争を通して生きるとは何なのか、戦争の悲惨さを教えられる作品である。

楢崎皐月が発見したカタカムナがベースとなっている。また、物語が進む事にその力の謎が明らかになって行く。

2004年には、「コミックブレイドMASAMUNE」において、原画家の山本京によって『片神名〜あかつきの姫とたそがれの女王〜』が連載された。

本作での「カタカムナ」
作中では、カタカムナは使用者の声によって物体に干渉し、それを別の物体に作り替える物質変換技術(錬金術)と考えられている。物体だけでなく使用者にも何らかの影響を及ぼす。カタカムナのテクノロジーはこの時代では考えられない物だが、何処から来た物なのかが物語の謎を解く鍵となっている。また、「イヤシロチ」と「ケカレチ」の考えも登場する。

ストーリー
普通の高校生、「雨村津雲」は、夏休みの林間学校で出水のキャンプ場へ出かけることになった。恋人の「結城流花」と、担任の「高倉未奈美」と林間学校を楽しく過ごした。林間学校の最終日に流花が姿を消し、彼女を捜している最中、「神隠し神社」と呼ばれる出水神社にたどり着く。その奥社にあった不思議な石に手を伸ばした彼は光に包まれた。気を失い目が覚めると、彼は古代日本にいた。

彼がタイムスリップしたことで、時の因果律が狂ってしまった。正しい歴史を取り戻すため、負傷したスサノオの代わりに「ヤマタノオロチ」退治に向かうことになる。

登場人物
イザナミ(イザナミノミコト)(声:能登麻美子)
出水の国の女王。普段は穏やかで草木を愛する優しい性格だが、戦では先陣を切って戦う。邪馬台の使者と偽ったツクヨミに連れてこられた津雲と出会い、彼の優しさに惹かれる。
本来の歴史では熊襲との戦いで命を落とすはずだったが、それで歴史が狂ったことを流花に攻められ悩んでしまう。
この時代には無い火薬やハイセラミック製の剣を作るなど謎も多いが、それは「カタカムナ」の力による。「カタカムナ」を幸せと平和のために使おうとしたが、その兵器利用を指摘され津雲と対立した。「カタカムナ」のあり方で悩むうちに、アマテラス率いる大国大和との戦争が始まってしまう。
元々体が弱かったがカタカムナの力によって丈夫になった。しかしそれは彼女の体を徐々に蝕んでいってしまう。
サチカ(サチカノイヨヒメ)(声:壱智村小真)
邪馬台の女王ヒミコの娘。巫女修行のため出水に来ている。夜光蝶の眠り粉で敵を眠らせたり、ツクヨミの暗殺計画を見抜くなどの鋭い思考の持ち主だが、力は未熟で周囲をボケで振り回す。虫が大好きで、籠いっぱいに入っていた蜘蛛で流花を気絶させたこともある。修行の末イザナミに合格を言い渡され、姫巫女となり故郷へ戻った。しかしそこで修行に隠された意図に気付いてしまう。
漫画版では「ワサワサ虫」を追いかけている途中迷子になりイザナミと出会う。
結城流花(声:水橋かおり)
津雲の通っている学校の転校生。彼女曰く、「都会」からやって来たらしい。
転校初日に初めて会った津雲に告白をして彼の彼女になった。しかし津雲に胸を触らたり下着を見られると平気でぶん殴る。
林間学校の二日目に、流花の存在がクラスから消えてしまう。その後津雲と出水神社で再会したが、共に突古代日本に飛ばされてしまう。古代で一度津雲と離れたが、再び再会した流花は津雲に銃を突きつけた。
ビックリするほど虫が嫌いで、本編では何度も気絶している(殆どサチカのせい)。
ツクヨミ(ツクヨミノミコト)(声:石毛佐和)
隼人の国の戦巫女。夜戦を得意としていて「闇の巫女」とも呼ばれる。サチカ曰く「ツク様」だが、本人は納得がいっていない。子供が大好きで隼人の子供達をかわいがっている。
出水に向かう途中、タイムスリップしてきた津雲に出会い、共に行動を始めた。
本当は出水に行くことを余り快く思っていなかったが、それは動物の不作で苦しむ故郷を救う為のものだった。
隼人に帰る彼女だったが、そこには皮肉な運命が待っていた。
漫画では隼人の守り神である鹿、「オオジシ」を探すため出水に向かう。スサノオに思いを抱いている様子が見られる。
スサノオ(スサノオノミコト)(声:成田剣)
イザナミの双子の弟。しかしイザナミとは顔が似てず津雲に「似てねえ…。」と突っ込まれた。ツクヨミ曰く、スサノオと彼女の力関係は 7:3 らしい。
他人を見下すクセがあるが、それはイザナミの代わりに憎まれ役をかってでるからである。姉のイザナミを聖母の様に崇めており、彼女こそがこの国の頂点に立つ女王にふさわしいと考え武勇を奮う。
本来の歴史では彼がヤマタノオロチを倒すのだが、歴史が変り津雲が戦うことになる。ヤマタノオロチ退治に失敗した時の情報を津雲に教えたりイザナミを守る様に言ったり、徐々に津雲のことを認めるようになった。大和との戦いの中、イザナミの留守を守っていたが……。
高倉未奈美(声:前田愛)
雨村津雲の担任で古文を教えており、津雲と共に廃部寸前の剣道部を復活させた同部の顧問でもある。
剣道の腕前は国体に出るほどで、津雲は一度も彼女に勝ったことがない。動物が大好きで、彼女の机にはぬいぐるみが沢山置かれている。
アマテラス(アマテラスオオミカミ)(声:渡辺美佐)
大和の女王。本来はこの時代より100年後に現れ遠征する予定だったが、突然歴史上に現れ大和を出水と同等の強国にまとめ上げ、大軍を率いて出水との戦闘に赴いた。「カタカムナ」の秘術と津雲の秘密について何かを知っている模様。
ヒミコ(クシナダノヒメミコ)(声:伊藤美紀)
邪馬台の女王でサチカの母親。普段は民の前に姿を現さず、その言葉は医者であり弟のユミヒコよりお告げとして伝えられる。老人であるユミヒコとサチカの母親であるヒミコの関係を、津雲は疑問に感じたが……。
雨村津雲
本作の主人公。突然の流花の告白に戸惑いながらも彼氏となった。消えた流花を探している最中、出水神社で古代日本に飛ばされた。古代の日本でイザナミらと出会い、彼女たちと共にヤマタノオロチ退治へ向かうことになる。
後に、彼の剣は天皇家の三種の神器となり、「アメムラツクモノツルギ」の呼び名が時代と共に変り「天叢雲剣」となった。